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自分の好きなことを書いていく、毒にも薬にもならないブログ

「どうしたい」がない奴は一生幸せになれない事に気付いた

お前はどうしたいんだ

 

 僕は、毎回人生の岐路でこのようなことを言われてきた。それは、部活を辞める時や新卒の会社を辞める時などすべて辞める時だった。

 その「どうしたいんだ」がなくて、自分は多くの人に迷惑をかけてきた。

 そして、この「どうしたい」という気持ちと意思は、幸せになるのに必須で、生きていくのに必要不可欠という事実に最近気付いた。

 なぜなら、「どうしたい」がないまま生きているということは、暗闇の中をふらふらし続けるのと同じだからということに気づいたからです。

 

 

 真実はいつも一つだけど解釈は無限大

 自分は理屈っぽいところがあり、結構こういう理由だからってこじつけて行動に移したり、好きなものを答えてしまいます。

 けれども残念なことに世の中には、事実は一つしかなくても解釈は無限大にある。

 例えば、「落ち着いた気持ちになれるから、青が好き」と答えても別の人には、「ご飯が青色だと食欲失せるから青色は嫌い」、「昔海で溺れたから水をイメージする青は嫌い」という風に、嫌いだと言おうと思えばどんな素晴らしいものでも否定できてしまうんです。

 そんな時自分の、好きなものを持つのに合理というものは無駄であり、必要要件ではないんです。そしてこんな感じで自分のやりたいことや好きなことを否定されてすぐに方針を変えるようでは、やりたいことや好きなことなんて固まってきません。

 じゃあ、どうすれば好きなものを主張し、自分らしくいられるのかというと、それが「どうしたい」というものを持つことなのです。

「どうしたい」の正体

 そして、この人生のターニングポイントで言われ続けた「どうしたい」の正体はなんなのか考えました。

 自分なりの答えですが、「どうしたい」というのは、自分の意思に基づいて選択するということだったんです。

 つまり、「どうしたい」がない人間というのは、自分で選択できないのと同じなのです。

 実際に僕は確かに人生の大事な部分で自分で選んだことがありませんでした。
「〇〇がこういったから」というのを聞いて選択するのが最も合理的な選択だと思っていたからですし、それが正解だと思っていたからです。

 しかし実際には、それは受け身なだけですし、自分が傷つきたくないからとる選択肢だったのです。こうやって生きてきた人間に「どうしたい」と聞いても回答は中々でてきません。

 確かに、僕は自分でやりたいことを選ぶよりも、「父親の意にそぐわない選択をして何かされるんじゃないか」という恐怖に負けて自分で選ぶことを放棄していました。

 

どうすればどうしたいが見つかるのか

 じゃあ、どうすれば「どうしたい」が見つかるのか。それは自分が一番欲しいものを思い出すことなんじゃないでしょうか。

 ちょっと、話がズレますがちょっと面白い話があります。
 
 ある若者が起業して成功するために、成功談を聞きに起業家の集まるパーティーに参加したそうです。そしてその会場で、有名な起業家に出会い、しつこく成功の秘訣を聞きました。そしたらその起業家に明日海に来るように若者は言われました。

 次の日その若者が起業家と一緒に海へ行くと、起業家から「海に歩き続けろ、そうしたら成功の秘訣を教える」と言われ若者は海岸から海へ歩き続けます。

 そして、顔まで水がつきそうになるまで歩いたところで、「もう歩けないです」と若者が言った瞬間、その起業家は若者を海に沈めました。

 若者は必死に抵抗しました。そして、起業家にこう聞かれたのです。「海の中にいた時、一番欲しかったものはなんだったか」と。若者はこう答えました。「息をすることです。」

 そうすると起業家は、「その気持ちがビジネス成功の秘訣なんだ」と答えてこの話は終わります。

 つまり、この話は水中で苦しくなって死にそうな時の「息をしたい」という気持ちと同じくらい強い欲求で「ビジネスに成功したい」と思うことが成功の秘訣だというお話です。

 そしてこの話は「どうしたい」がない人にも目から鱗なお話なのです。

 つまり、自分にとって「これがなかったら死んでいるのと同じ」と思えたものこそあなたにとっての「どうしたい」なのです。

 そしてこの「どうしたい」が定まると、今後生きていく上でやるべきことが定まっていきます。

 

幸せになるために、人は行動するんじゃない?

 で、タイトルの話になるのですが、幸せって何かを考えたときに、自分の「良い」と感じたものに基づいて行動したり生きたりすることなんだと思うんですよね。

 それが他人から見たらまっとうじゃなくても、本人が納得していればそれは幸せです。

 しかし、「どうしたい」のない人間はその幸せになるための方法が定まらず分からないまま生きていることになります。

 それでは、いつまで経っても漫然と「幸福になりたい」という気持ちがあっても幸せになることはあり得ません。自分の向かうべきゴールが定まっていないからです。

僕の「どうしたい」はなんなのか

 とまあ、こんな感じで書いていきましたが、僕の「どうしたい」という気持ちはまだ完全に固まっている訳ではありません。

 ただ、一人暮らしを始めて徐々に固まってきたのは、「その年にしかできないことをやり尽くす」ということと、「自分で生きているという感覚を感じて生きていく」という二点が僕の「どうしたい」へのアンサーです。

 まだまだ、こんな感じでしか回答できないですが、結局のところ自分にとっての「どうしたい」という答えが自分の人生の指針であり、所謂「生き様」なのではないでしょうか。

 これさえ決まってしまえば、あとはその「こうしたい」に基づいた具体的な行動をしていけばいいだけですからね。

 だからこそ、自分の「こうしたい」という欲が若いうちに出来上がっているとどんなジャンルでも成功するのかなと思う今日この頃です。

 今日はそんな感じでした。

 

以上で〜す。